50周年に向けて get ready for SilkRoad’s 50th Anniversary

先ほど、当社近所の、初代天皇が祭られた橿原神宮に、退位を控えられた天皇陛下がご訪問されていたようです。カワイ製作所さんからの帰り道でした。

初代天皇が祭られていることは奈良県民として誇りですが、実は県民であるワタシは大人になるまでしらなかった…(恥)

さて、新しい天皇陛下をお迎えし、新たな元号になる日まで僅か1か月ほど。思え返せば昭和が終わったとき、とてつもない衝撃を受けました。必ずこの日はやってくるとわかっていても、その日が本当に来るまで実感はわかないものです。

http://silkroad-jp.com/silkroad/40th-anniversary-talk

この40周年記念対談を計画し、司会をさせていただいたときも、50周年なんて、相当先の話だなあ、くらいに思っていました。冗談で最後に、

「次回50周年もお願いします」

といってから、はや5年。ほんと、一瞬でした。あと5年でもう50周年。そしてその日は必ずやって来る!

クビになっていなければ、50周年の記念イベントの担当をおおせつかる可能性もああり、なんとなくシルクロードの過去資料でもそろそろ集めておこうかなと思ったのに、無い… 絶望的に資料が無い…

この本にも、多少掲載されていましたが、創業時のショップ時代の建物の写真などは一切無い… 

と、悩んでいると部長が来て、アルバムを渡してくれました。

「当時はレースとショップ業で忙しかったからなあ。オレも会社の写真はもってないが、個人的に集めたレースの写真はあるゾ」

といってアルバムを貸してくれました。

うわっッ、1979年!アラフィフのワタシがまだ小学校低学年!

スイマセン、車種すらわかりません、私。KE、KP、TEと色々横で説明してもらいましたが、どれがどれやら。

不思議なことに、クルマに興味の無いワタシ、ましてや古いクルマにはもっと興味が無かったのに、今、改めて見ると新鮮!カッコイイ!

ドリフトしてる!グラベルも、ダートもなんでもありですね。と、気付いたのはスポンサーのステッカー。ボッシュにシビエにダンロップ、近畿ブレーキもあります。

ジャンプスゲー!って、アッ!だからか!

この20年、ドレスアップ用のローダウン車高調や、サーキット用のパーツの製造販売がメインだと思っていた会社なのに、会議で真逆の業界のジムニーやリフトアップキットの開発依頼しても、誰ひとり動じなかったのは、こういうルーツがあったからなんですね。

これは多分ラリーでしょうねえ、夜中ですもん。

荒地も舗装路も昼も夜もクルマを走らせてきたルーツと、当時から在籍する初期メンバーの方々が多いからこそ、この会社では色んなクルマの部品を開発を幅広く対応できるんだと、改めて理解できたような気がします。

トラストさんやPIAAさんも当時からお付き合いがあったようです。PIAAさんのフォグが「暗い」と、文句をいったとか、いわなかったとか(笑)

真ん中の表彰台1位は部長。本人曰く、「オレは常勝やった」とか(笑)

こちらの1位は当社の代表。当時の伝説として、社長が操るチェリーが異常なスピードで、異常なうなり音を立てて最速タイムをたたき出したとき、会場で車検を受けるように命じられ、「オレはもう帰る!」と走り去ったという逸話を聞いたことがあります(爆)

クルマもカッコイイなあ。今のクルマには無い魅力を感じます。そりゃ旧車、ネオ旧車が人気なわけだ。

色んな環境でクルマを走らせてきた当社代表のモットーは、

「より速く、より安全に」

当時の過酷な環境での写真を見ていると、今、改めてその言葉に重みを感じます。

そして、イチ営業マンのワタシは勝手にそこに、「+より愉しく」を最近付け加えています。

1979年、この写真の中の部長は、この日からでも40年、当社に在籍している事になります。長い!

と思ったら、私も今年で20年目でした。いまだにクルマに興味がありませんが、クルマに関わる人たちが生み出す空気と、コミュニティ、そして人間の繋がりは大好きです。

社長室に飾ってある、歴史上に実在した絹の道、シルクロードの絵。

当社の代表はもしかしたらクルマそのもよりも、クルマの部品販売を通じ、人と人が繋がることを大切にしているのではないか、と最近思っています。理由は、いまだに営業マンに全国営業訪問させているから。

ネットが普及する以前は、メディア媒体である雑誌広告にお金をかけ、ブランディングすることが重要でした。バブル期などは特にそれが会社の業績に大きく繋がったはず。ですが、営業マンと営業活動に経費を集中させ、メディア広告費にはあまり力が入れられませんでした。

車雑誌、チューニング雑誌に華々しく掲載されるショップやメーカーを尻目に、「ウチ(シルクロード)は3流だ。ダメだな」と自虐的に笑っていた当時の営業マンの言葉を今も覚えています。

ワタシ自身、「もっと雑誌で宣伝広告してもらったら売りやすいのに」と思ったことも一時期ありました。でも営業にでるやいなや、こんな言葉に何度も出会いました。

「昔、若いころ、貧乏だったのにさ、お金かき集めて買ったシルクロードさんのパーツをつけたときは嬉しくってさ!」

なんて話をたくさんの老舗ショップさんがお話してくれ、嬉しく、勇気付けられたものです。そして12年、営業活動を通じ、直接、日本中のショップ社長さんやメーカーさんとの出会いを通じ、さまざまな商品とネットワークが生まれてきました。これを、当社は代々営業マンを通じ、45年間行い続けており、そのネットワークが、今、全国に生きています。

45年間を生き延びた原動力は、ショップ様、メーカー様、ユーザー様とのつながりに支えられたこと。シルクロード、と名づけた社長は、クルマの部品販売を通じて皆様と繋がることを大切にしていたのだなと改めて実感しています。

ワタシは平成の天皇陛下が、生きているうちに代替わりを決心された事に驚嘆しています。

人間というのは元来、将来や未来は考えたくないもの。ズルズルと現状維持を望む生き物。なぜなら未来を具体的に想像するというのは残酷だから。人間は確実に衰えていき、最後は死にます。そこを考えることを避けたいのが人情なのに、向き合い、確実に将来に起きる現実を想像し、今から未来に備えておく、という姿勢にとても感銘を受けました。

50周年、そしてその先の60周年を見据える!とカッコよく締めくくりたいのですが… とりあえず今月の売上げ数字がヤバイんですよね(涙)。商品の欠品がどんどん重なっています…他の営業マンは売れるものはさっさと売ってしまっているよ… 

「10年先よりも、目の前の数字、どうにかシロっッ!欠品のせいにするな!売るものはいくらでもアルっッ!」

と社長の罵声をまもなく浴びる予定…その時もすぐに、確実にやってきます…